春のお彼岸には | 世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺
今月の法話
今月の法話
24/03/01

春のお彼岸には

あの寒い季節から~時は刻々と春の薫りがする時節となり・・・3月は春のお彼岸を迎えます。

古歌に「春彼岸 菩提の種を 播く日かな」という句があります。この春先は、あらゆる植物が発芽し芽吹く時期です。ダイナミックな生命の躍動を感ぜずにはおられません。

この良き気候の春に仏さまの教えの種をまいておけば、きっと秋の収穫には実り多き、すばらしい仏の世界に生きることができることを歌ったものといえます。種をまかずして収穫はありえないわけで、是非、この温暖な春の日に仏さまの教えに触れてみては如何でしょうか・・・・

仏さまの教えは、生命のあるもの全てが幸福に生きる事、安心して生きるという心の安らぎを得ることを説いています。それを支える根本には、正しく生きることが求められています。

その安らぎの根底には常に真実という事・・・即ち正しいあり方が語られているのであります。

聖徳太子の「世間虚仮・唯仏是真」という言葉はそのことを言い表したものと言えます。

「この世は虚しく仮のものであり、ただ仏の教えが真実である」という意味ですが、そこには自身の心が・・・素直に心から仏の教えを信じる心があるのか・・・お計り下さい。・・・素直な心ほど美しいものはないと思います。

以前NHKの番組で「おしん」と最終回近くで出て来たセリフの中に「自分が傷ついて始めて人の痛みがわかる」という言葉がありました。

両親をはじめ、つれあいや子供など、肉親の死に会い、あるいは失恋や事業の失敗、はたまた事故、天災など、苦しい悲しい目にあってこそ、他人さまの、それは我が事のように受け止める事ができるのです。

お経文に「衆生病むが故に我れ又病む」と示されていますが、このように慈悲心というのは、さまざまな苦難にあって芽生えてくるものだと思います。

「立ち並ぶ 三世の佛ながむれば みな苦しみに 耐えしみ姿」この和歌のとおり、苦しみに耐えることによって一歩 々 我々が仏の心に近づくことが出来るというものです。

「他人(ひと)の心の 情もまた おちぶれ袖が 涙にぬれる」・・・「人の心の まことをぞ知る」で、苦難の中でこそ味わうことができるのであります。

仏教では、この世のことを「娑婆」(しゃば)すなわち、耐え忍ぶところと申します・・・生老病死をはじめ、幾多の苦しみ悲しみに耐えて生き抜いていくところ、必ず明るい道が開け、やがて大きな菩提の種の華が静かに開くのであります。

 今日の幸せ・・・無事を仁和寺よりお祈りしています。   合掌