わが子に学ぶ | 世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺
今月の法話
今月の法話
23/11/01

わが子に学ぶ

脳腫瘍で両眼とも見えなくなってきた小学校五年生の坊やを、お母さんは病院に入れ、夜も寝ずに介抱しておりました。それから数日後、お医者さまはお母さんを呼んで言われることは、「お気の毒だけれども、坊ちゃんの容態は手をつくしたけれどもかんばしくないので、お母さんは覚悟していただかなくては~」と言われました。

しばらくして、子供が~「お母ちゃん、ぼく死んだらどこへ行くの」と聞きました。その度にお母さんは「お医者さまがついて下さるから元気になれるわよ」とはげましていましたが、再三言うので辛抱できず、「あのね坊や、死んだら先におじいちゃん、おばあちゃんが逝かれた、仏さまのお国、お浄土というところへ行くんだからね」とお母さんが言うと、今まで寂しそうな顔をしていた子供は、ニッコリと笑って「じぁ、あとからお母ちゃんも来てね。ぼく先に行って待っているよ」と言い、一週間後に亡くなっていきました。

その日から、お母さんの勉強が始まりました。仏とも法「おしえ」とも知らないこのお母さんが言われるのには、「私はどうしても仏さまの国に往生できる人間にならなくてはならない。もしもそうでないなら子供に嘘をついたことになる」と真剣に仏の法「おしえ」を聞かれるようになりました。

この子供の悲しい別れの死によって、お母さんは新たな仏のみ教えを学び人生の指針とされました。

真言宗の祖師お大師さまの姉の子に智泉「ちせん」という弟子がいました。9才の時からお大師さまの弟子となり、大変聡明で年若くして十大弟子の一人でありました。その智泉法師が37才の若さで亡くなられました。やがては後継者としてもくされていました方でもありました。我が子の如く慈しんでおられただけに、お大師さまの嘆きはひとしおでありました。今はただ法師の後生を願われ49日満中陰の法要の時、自らお導師となり残された9人弟子たちと法要をつとめられました。

その法要が終わったとき、白蓮華台「びゃくれんげだい」に座した智泉法師の姿が現れ、お大師さまに深く合掌し感謝のほほえみを残して姿が消え去られました。そのお姿をご覧になって詠ぜられた和歌が「阿字(あじ)の子が阿字(あじ)の古里(ふるさと)立ち出でて、また立ち帰る阿字(あじ)の古里(ふるさと)」と詠(えい)ぜられたのでした。

その和歌の内容は、阿字(あじ)「仏の世界」から私たちはこの世に生まれ、限られた人生を乗り越えやがてやって来る浄土への旅立ち、また立ち帰る阿字「仏の世界」に帰って行くという和歌です。

お母さんと子供さんとの別れ、お大師さまと弟子智泉法師のとの別れの悲しみは時代は変われど通ずるものがあると思います。

私たちに与えられた命の時間を今一度振り返り、古来からの教えをひもときながら暮らしの中に活かしたいものです。

お体大切にご自愛下さい・・・では~また 合掌