今日の道

やっと顔を出した春の光に、桜の花もほころび始めました。四月八日は、お釈迦様の誕生日花祭りです。
・・・仁和寺境内の桜の木々も満開の花を咲かせています・・・
桜と云えば、日本には有名な、花咲かじいさんの昔話があります。これは室町時代から、江戸時代の始め頃の間に、作られたおとぎ話とされています。善い行いのじいさんが、枯れ木に登って灰をまくと、満開の花に変わり、お殿様から、ごほうびを頂くという話は、誰でも一度は聴いたり、話したりしたことのある話でしょう。
この花咲かじいさんのモデルとなった人とは、実は、お釈迦様だったのです。枯れ木とは、救われない人々のことであり、花咲かじいさんのまいた灰とは、救われない人々のことであり、花咲かじいさんのまいた灰とは~お釈迦様の説かれた教えであり、仏教なのです。
苦しみ、悩んでいる人々に、枯れ木のような生活に、明るく、水々しい花を咲かせ、人々を救って下さいました。日本の花咲かじいさんはお釈迦さまをなぞらえて生まれたのです。
現代の私たちの生活を振り返ってみましょう。
心に、花は咲いていますでしょうか・・・渇いた潤いのない枯れ木のようではないでしょうか・・・満足することを知らない、欲望の中に、生きている人が多いと思われませんか。自らすすんで、花咲かじいさんの灰、つまりお釈迦様の教えを求め、人生の喜びを頂き、美しい花を咲かせたいものです。
所で、反対に体の病は一服の薬で、人の命を救い、又、生きる喜びをも与えてくれますが~一歩誤ると、人の命を奪い、更に生活に悲劇をもたらします。
私たちが常に、何げなくお話しをする一言も一服の薬と同じように、一言がその人の心を暖め、生気を与え、奮起もさせてくれます~たった一言が、人の心を傷つけ、生活を破壊し、時には死に至らしめることもあります。
過日、体調がきになり、私は主治医の先生に相談した所、胃カメラを呑むことになり検査をしました。その結果「異常なし」と言われ・・・その一言が、今まで生活に追われて、自分のこと以外考える余裕がなかった私に、両親のことを思い出させてくれました。
両親は既に浄土へ旅立ちましたが、父は厳しく、怖い存在でした。悩み辛いことがありますと、父は「人に出来ておまえに出来ないことはない」と、常の口癖でした。母は黙々と不平も言わず、よく働き、家事をしながら、無言の教育をしてくれました。
「父は照り、母は涙の露となり、同じ恵みに育つなでしこ」~今あるこの身体に育ててくれた両親に、今更ながらありがとう・・・と心が熱くなりました。「父に慈恩あり、母に悲恩あり、人の世に生まるるは、父母を縁とせり、父にあらざれば生ぜず、母にあらざれば育たず、父母の恩の重きこと、天の極まりなきが如し、かくの如きの恩徳(おんどく)、如何(いか)にして報ずべき」と~父母恩重経に説かれている言葉の重さを感じます。
今私たちは、生活の豊かさに惑わされて・・・来た道、ゆく道、同じ道、みんなが通る今日の道、通りなおしのきかぬ道・・・実は自分の通る道と・・・しっかりできているでしょうか。
春の陽気~美しい桜の花、草花が芽吹く心地良い季節、ゆっくり自身を振り返り、心静かに目を閉じて今日一日の幸せを祈りませんか・・・・では~ではまた・・・ 合掌