笑顔は彼岸のキップ | 世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺
今月の法話
今月の法話
24/09/01

笑顔は彼岸のキップ

先日、町の郵便局に行きました。ロビーは少し手狭ですか、お掃除は行き届いています。

職員の方たちが一生懸命仕事に励んでいます。たくさんの人たちが仕事をしているのに、静かに仕事がなされています。

ふと気が付くと、知り合いの方の顔が見えます。その方も何気なしに雰囲気を感じたのでしょうか、視線が合った時、会釈をしました~ほのぼのとした暖かいものが、五感に伝わりました。

あらためて挨拶する程の間柄でもない人に、ちょっと会釈することが、その場に一輪の花を咲かせるものです。

  小首傾け 会釈した 笑顔の人の 美しさ

 笑顔は、人に安らぎを与えてくれます。日々の生活のお花が心の中で満開に咲き誇っている時、人間は笑顔になれるようです。

 眉間にシワを寄せ、自信の無さそうに話す人は、人生の「花見どき」の季節を忘れてしまった人なのでしょうか。私たちは時おり心の清掃を行い、汚れたオイルを交換するように、心の大掃除をすることが大事ではないかと思いながら・・・

フト・・空を見上げ大空を見た時~去る1994~1998年に宇宙へ飛びだった向井千秋さんからの、当時のメッセージを思い出しました。

「宙がえり何度もできる無重力」と上の句を詠まれた~このあとへ七七の句をつけて下さいという呼びかけでした。

これに対して、全国から、15万通近い応募があり、テレビでも紹介されました。

その中には「水のまりつきできたらいいな」・・・「動かぬ身体浮かせてみたい」・・・「小錦さんも小指でコロリ」等がありました。

そこで私は、つい「摩訶不思議かな 笑顔でウフフ」という下の句をつけました。

摩訶(ま~か)と云えば、般若心経にも出てくるご文(もん)ですが、あるご法事の席で50歳を越えた奥さまから、「ご住職、亡くなった母が今まで仏さまに毎朝ご飯をあげていましたが、これからは私があげないといけないでしょうか~朝は出かける支度で忙しいので、どうでしょうか」との質問でした。

エッ・・と思い、私は、「ご飯あげたいならば、あげてあげれば良いし、出来なければ、無理することはないですよ」と答えました。

もし私が「あげないとだめ・・」と言ったら、きっとその奥さんは、お寺さんに言われた通りにしないと罰があたったら、いやだからとブツブツ言いながら、ご飯をあげるでしょう。

でも、あげてもらう仏さまの立場になってみたらどうでしょうか。文句を言われながらあげてもらって、あなたは嬉しいでしょうか。

私なら「毎日ご飯はあげられないけどごめんなさいね・・・だけど薫りの良いお線香だけはあげて行きます」と言われた方が嬉しいし、また素直に笑顔でありがとうと言えそうですが、皆さんは如何でしょうか。

つまり、亡くなられた方にしてあげたいという心、また自分が亡くなった立場になり、どうされたら嬉しいかを考える事により、おのずと笑顔で供養の仕方が解って来るはずです。仏さまも亡くなる前は人の子、私達と同じ心をもった人間です。

全て、笑顔で「させて頂く」ことから~「人が共に養い合う」心が育ち、命ある人間も、仏さまも共に救われる事が「供養」と言う事であります。

秋のお彼岸、「供養は安心(あんじん)のキップ」をテーマにしてはいかがでしょうか。

ではまた・・・・